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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)1505号 判決

判   決

奈良県当時滋賀刑務所在監中

控訴人

杣山彦一

古訴訟代理人弁護士

関豊馬

同県

被控訴人

北岡又市郎

右訴訟代理人弁護士

小田成就

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出採用認否は、次の通り追加訂正するもののほか、原判決事実摘示の通りであるから、ここにこれを引用する。

被控訴代理人は、

「一、本件山林は、明治二三年以来奈良県宇陀郡御杖村大字桃俣の区有山林として現在に至つたもので、御杖村においてはこれに財産区を設置し、同村長がこれを管理してきたものであつて、本件山林の土地台帳謄本(乙第一号証)及び登記簿抄本(甲第八号証)には、大字桃俣共有地とか大字桃杖の共有財産とか記載されているが、それは往時公共有地をそのように表示したに過ぎないのであつて、控訴人主張のように同大字部落民の共有であることを表示したものではないところ、本件山林の管理者であつた御杖村長は、

(一)  明治三四年八月一三日、訴外前川音吉に対し、本件山林中(1)の山林につき、又訴外横山国松に対し同(4)の山林につき、

(二)  同三六年一月二〇日、訴外横山国松に対し同(2)の山林につき、又訴外平田孫七に対し同(3)の山林にき、

それぞれ、設定の目的を杉檜植林のため、存続期間を九〇年(立木一代)、地代を権利移転の場合金一〇〇円につき金三円、皆伐の場合同様金八円と定めて地上権を設定し、被控訴人の先代又一右地上権を同四一年五月頃までに、右各地上権者から(但し(4)については、訴外横山から訴外小西力松及び訴外林良造を経由して)譲り受け、ついで昭和一二年三月三一日右又一の隠居により被控訴人が家督相続により右地上権を取得し、これに基いて本件山林の立木を所有しているものである。

二、控訴人が有すると主張する入会権は地役の性質を有するもので、その内容は、桃俣部落民の自家用に供するための薪、秣、薬草その他の副産物(わらび、きのこ類)を採取し得るに過ぎず、立木を伐採し得ることを内容とするものではなく、薪及び秣についてはその採取の時期に制限があり、又その採取の場所も本件山林中の一部(本件地上権が設定された場所以外の場所)に限定されているのである。尤も本件山林の管理規約書(甲第一〇号証)第二七条には、炭焼用の雑立木を伐採し得る旨の規定が在るけれども、右規定は、柴刈のほか区会の認可を受けてはじめて雑立木を伐採し得る趣旨のもので、右伐採を希望する入会権者は、区会に申出で公入札の手続により有償落札をしなければならないもので、入会権者と雖も決して自由に伐採し得る旨を定めたものではない。

三、本件山林が一で述べた通り区有山林であり、又本件入会権の内容が二で述べた通りであつて、本件地上権の設定が本件入会権と衝突するものではなく、両者は両立し得るものであるから、これが両立し得ないことを前提とし、若しくは、本件山林が入会権者たる部落民の共有に属することを前提として、右部落民全員の同意なくしてなされた本件地上権の設定を無効であるという控訴人の主張は失当である。のみならず、控訴人の租父杣山源治郎も、本件地上権設定当時、御杖村長から本件山林中の他の二ケ所の部分についてそれぞれ地上権の設定を受け、これをその後訴外亀井作次や訴外吉岡四郎等に譲渡している事実からみても、本件地上権の設定が有効になされていることが明かである。

四、なお、控訴人は幼少の頃より永らく他府県に在住し、昭和三一年八月頃、大字桃俣に移住してきたのであるが、同大字においては、他府県在住者が同大字に移住して本件山林の入会権者になろうとするときには、同大字に一戸を構え世帯主たる資格を有し、かつ区会所定の加盟金(現在は金五万円)を区会に納入し、身元保証人二名と共に連署をもつて作成した加入承認書を提出して区会の承認を受けることを要するところ、控訴人は未だ右手続をせず区会の承認も受けていないから、本件入会権を有するものではなく、従つて自己が本件入会権を有することを前提とする控訴人の主張は、この点において既に失当である。」と述べ、

証拠<省略>

控訴代理人は、

「被控訴人主張の事実中、控訴人が被控訴人主張の通り本件山林内に生育する杉檜立木を伐採したこと、御杖村長山中岩吉が、訴外前川音吉、横山国松及び平田孫七に対し、それぞれ本件地上権を設定したことは、いずれもこれを認めるが、以下述べる通り、右地上権の設定は無効であり、被控訴人は自ら有する本件山林入会権に基いて本件立木の伐採をしたものである。

一、本件山林は御杖村大字桃俣部落民の共有に属し、御杖村有若しくは桃俣区有の財産ではない。即ち、明治八、九年に行われた地租改正当時の取扱例によれば、入会稼方が単に薪材、秣刈の二点に制限されず、炭焼、建築用材の伐採等薪材以上の伐採行為をなす慣習ありと認定された場合は、その部落民は入会地盤を専用するものとしてこれを入会地の所有者とし、薪材、秣刈に制限の所有されてい場合には、その部落民は入会地の共有者でないとする取扱を甘受しなければならなかつたのであるところ、控訴人の租父杣山源治郎は、その父にして当時桃俣部落において庄屋を勤めていた彦兵衛の代理として、同六、七年頃から右部落民の本件山林について古来より行なつてきた入会慣習を調査した上、右資料を携えて大阪靱に在つた地租改正事務所に出張して事務処理に当り、漸く同一一年頃事務処理を完了したものであるが、その結果、同部落民の有する入会権が、単に、採取時期について申合せによる制限を受ける芽及び肥料生草の採取に止まらず、炭焼用材及び建築用材としての立木をも伐採する等の収益を得ることを内容とするものであることが政府によつて認められ、前記取扱例により本件山林が同部落民の共有地(私有地)として認定され、その旨土地台帳及び不動産登記簿に記載されたのであり、本件山林についてみれば、同部落は公法人たる市町村又はその財産区と異なり、それは生活協同体としての村であつて、部落民は本件入会山林の管理につき山林事務所を設置してこれを行わしめ、同部落住民は、住民となると共に生活協同体に加盟してその構成員となり、同時に本件入会権を取得し、住民たる資格を喪うことにより生活協同体から脱退して入会権を喪うに至るものである。而して、本件山林が官有地ではないことは、明治九年一一月大政官布告(地租改正山林原野官民有区分処分法)により、入会権の存続が認められたのは私有地のみで、官有地については入会権が消滅するとされているにかかわらず、本件山林については入会権が存続していることからみても明らかである。従つて、本件山林について地上権を取得するためには、本件山林共有者にして入会権者である部落民の同意を得る必要があるといわねばならないところ、前記御杖村々長山中岩吉の訴外前川音吉外二名に対してなした本件地上権の設定については、桃俣部落民は同村長からこれについて同意を求めたことも、これに同意を与えたこともないから、同訴外人等は地上権を取得するいわれがなく、同訴外人等の特定承継人たる被控訴人も地上権を取得できる筈がない。

二、仮に、御杖村々長に本件地上権を設定する権限があつたとしても、地上権は一定の目的のために土地を使用する権利で当然土地の占有権を取得するものであり、入会権も木草を採取するために土地を占有することを必要とするものであるところ、若し入会地について地上権を設定できるものとすれば、(この場合、入会権者の同意がない限り入会権にはなんらの影響がない、)両権利は互に衛突するに至るから、両権利は両立し得ないといわねばならず、この場合古来の慣習により発生した入会権が優先すべきものである。

三、仮に以上の主張が理由がないとしても、被控訴人が入会権者たる控訴人に対し、本件地上権を対抗し得るためには、民法第一七七条所定の登記を要することはいうまでもないところ、被控訴人の有する本件地上権の登記は、同条所定の登記としての効力を有しないものである。即ち、不動産は登記簿上一筆として登載されることによつて単一物として取扱われるものであつて、一筆の土地の一部について地上権を設定しこれが登記をするためには、右一部について分筆登記をした上しなければならいものであるところ、前記訴外前川外二名――従つて被控訴人――のした地上権設定登記は、地上権が本件山林の各一部について設定されたにかかわらず、目的山林についての分筆登記手続をしないで、本件山林一筆の一部について設定された旨の登記であり、右登記申請は不適法として却下さるべきであつた(不動産登記法第四九条)のを誤つて受理されたものであるから、民法第一七七条所定の登記ということができず、それは登記をしていないものと同視さるべきであるから、これをもつて控訴人に対抗し得ないものである。

四、なお、控訴人は杣山虎吉の長男として本件部落において生れ、青年の頃学業のため大阪方面に寄食していたことがあるけれども、前後継続して本件部落に居住していたもので、当然本件入会権を有するものである。」と述べ、

証拠<省略>

理由

一、控訴人が、被控訴人主張の通り、本件(1)ないし(4)の山林に生育する杉檜立木を伐採したこと、奈良県宇陀郡御杖村々長山中岩吉が、訴外前川音吉、横山国松及び平田孫七に対し、右山林についてそれぞれ本件地上権を設定したことは、いずれも当事者間に争いがなく、右地上権設定の日時、地上権の内容、ならびに、被控訴人先代又一がこれを譲り受け、ついで被控訴人が家督相続により右地上権を取得した経過及び各登記関係についての被控訴人主張事実は、控訴人において明かに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

二、よつて先ず、本件地上権設定当時における本件山林の所有権の帰属、ならびに、右山中村長の地上権設定権限の有無について考えてみる。

<証拠―省略>及び、弁論の全趣旨を考え合わせると、本件山林は、明治二一年町村制の施行により、御杖村の特別区としての大字桃俣区有林とされたので、同村長の禀請により宇陀郡参事会において、本件山林を管理処分するために準拠すべき規定として、同二三年五月一五日、町村制第一一四条により区会条例を制定し、同村内の桃俣外三大字にそれぞれ区会を設け、桃俣区会においては同三四年三月八日、区民一致をもつて桃俣区共有山地管理規約書を作成し、爾来、右規約に基いて本件山林を管理処分してきたこと、御杖村長山中岩吉が桃俣区代表者として右管理規約の定めるところにより、本件地上権を設定したことがそれぞれ認められ、<中略>他に右認定を覆えすに足る的確な証拠がない(なお、御杖村長が本件山林について地上権を設定する権限を有したことについては、<証拠―省略>によつて認められる、控訴人の祖父杣山源治郎が、明治三四年八月一三日、御杖村長山中岩吉から本件山林の内二町五反歩及び一町歩の山林について地上権の設定を受け、これを訴外亀井作次、吉岡四郎平等に譲渡している事実からも窺知されるところである。(控訴人は、本件地上権の設定について、御杖村々長が入会権者たる控訴人等の同意を得ていないから本件地上権の設定は無効であると主張するけれども、同村長が前示管理規約に従い区有財産の管理処分をなし得ることはいうまでもなく、村長が右規約に従つて処分をする場合に、入会権者に対し新たに損害を蒙らせるような事情のない限り(本件においてはそのような事情が認められないことは後記認定の通りである。)。入会権者の同意を要しないといわねばならないから、右主張は採用しない。

三、控訴人は、本件地上権と本件入会権は両立し得ないものであり、後者は前者に優先すると主張するところ、前掲証拠と、成立に争いのない甲第一一号証によると、控訴人等の有する入会権の内容は、主として自家用に供する薪、茅、薬草、肥料若しくは飼料用秣、その他天然の副産物(わらび、きのこ等)の採取を目的とするものであり、その中薬草及び副産物は本件山林のいずれの地域においても時期を問わず採取できるが、薪、茅及び秣については採取の時期及び場所が特定せられていること、又、雑木林の伐採については絶対的に禁止されてはいないが、柴、薪のほか区会の認許を得なければならないこと、本件地上権の目的山林は、右薪、茅及び秣を採取すべき場所以外の場所であることがそれぞれ認められ(右認定に仮する控訴人本人尋問の結果の一部は措信しない)、右事実に、前示争いのない本件地上権設定の目的を考え合わせると、本件地上権と本件入会権は衝突して両立し得ないものではなく、(従つて、入会権者は、本件山林に立入つて薬草や副産物を自由に採取することができ、被控訴人はこれを妨害することができない。)併存し得るものといわねばならないから、控訴人の右主張も理由がない。

四、控訴人は、本件地上権設定登記は分筆登記をせず一筆地の一部に設定された旨の登記でれるから、民法一七七条所定の対抗要件としての効力がないと主張するところ、一筆の土地の一部について地上権を設定し得ない法理はなく、又右のような地上権設定登記を禁ずる登記法上の根拠もなく、本件地上権設定登記によれば、本件地上権の対象たる山林の部分が特定され得る程度になされていることは、成立の争いのない甲第八号証によつて明らかであつて、これより第三者に不測の損害を与えるおそれもないから、本件地上権設定登記は有効になされたものというべく、従つて、控訴人の右主張も理由がない。

五、そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人は樹木所有の為の地上権に基いて本件山林内の杉檜立木を所有しているものといわねばならないから、右立木を伐採しようとする控訴人に対し、右山林地上権及び立木所有権を有することの確認を求める被控訴人の請求を認容した原判決は正当であり、本件控訴は失当であるからこれを棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、第八九条を適用して、主文の通り判決する。

大阪高等裁判所第七民事部

裁判長裁判官 小野田 常太郎

裁判官 亀 井 左 取

裁判官 下 出 義 明

目録<省略>

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